『じゃりン子チエ劇場版』作画色々
藤田: 『じゃりン子チエ劇場版』って日常芝居のギャグものなんですけど、結構作画は大変なカットが多くて。さらに言うと表情のリアルとかもあるんですけど、例えばこの仕草のリアル。 チエちゃんがお店を準備するというカットなんですけど。
應矢:すごいテキパキしている。
藤田:マッチを消すしぐさが素晴らしい。これ入れるか入れないかで、だいぶ変わる。火を消すこの感じ。でも、こういうのって漫画の原作にはない表現だと思うんですよ。こういうリアルさは漫画にはないと思うんですね。この辺をやっぱりアニメーターとしては小田部さんどういう風に捉えていたんですか。
小田部:そこはやっぱり、ちゃんとチエが働く様子を描かなきゃダメだっていうんで、これはちゃんと。マンガのコマだと「準備をします」「はいできました」だけど、それを火をつける過程まできちんと描くことをしてるわけですよ。
(マサルたちがマラソンの練習をしているところをベンチに座っているテツがちょっかいを出すカット)
藤田:こいつもなんですけど、ちょっと見てもらうと、ほぼ漫画原作とまったく同じカット割りだし、ポーズも同じなんですね。この揃って走るっていうのも漫画的な表現。マサルたちが首を横にして走る漫画的な表現なんですけど、ここ、走りのポーズや動きはリアルなんですよね。
で、テツがベンチの端をつかむとき、よいしょっていう、ちょっとタメのポーズが入ってって、ここだけ動きがリアルになる。
『じゃりン子チエ劇場版』って結構こういう、漫画的な表現にリアルなポーズや動きを混ぜる、というのが頻発している。この辺アニメーターとして小田部さんがかなり演技のほうをいれられてたって考えていいんでしょうか。
小田部:それはもう絵コンテで指示してくれたもので、アニメーターはそれに沿ってやって。
(映画館から人々が放射線状に出てくるカット)
藤田:ここなんかもとっても面倒くさいカットだったろうな。なんとなく見てますけど、人がわーっと出てくるって相当大変なカットですよね。 映画館から放射線状に人が広がりながら出てくる。この時にチエとかヨシ江の動きは他のキャラと同じ普通のリアルな歩き方ですよね。これは大変だなあと思うんですけど、けっこう地味な表現って大変なカットが多かったんじゃないですか。
小田部:そうですね。アニメーターは苦労したんじゃないですか。
(人混みの中をチエが歩くカット)
藤田:これセル何枚重ねでしょうか。皆歩幅は違うわ、スピードは違うわ。この表現は後にジブリで高畑さんが『おもひでぽろぽろ』で散々やることだと思うんですけど。この辺の顔もチエちゃんはかなり美少女というか可愛げがありますね。かなり美少女ですね。いやこれも大変だと思いますよ、追い抜いていくサラリーマンの歩幅、手前のOLの歩幅、全部違いますから。 これの作画期間がどれくらいか覚えていますか?
小田部:覚えてないんですよ。さっき25日にどうのしたって話。
藤田: (先程のアニメージュを読みながら)「10月1日にテレコムで打ち入りパーティーをやり、なぜか宮崎さんが最後まで残ってオオカミ少年ケンを歌って、最後の挨拶もなぜか宮崎駿氏だった。10月1日の打ち上げの2次会、3次会まで続いて、朝4時まで飲んで、残ったのが大塚さん、小田部さん、仙石さん、なぜか宮崎さん。」 小田部さん、けっこう飲まれてたんですか?このころ。
小田部:東映の時から飲んでましたから。
藤田:結構のん兵衛だった?
小田部:ええ。
藤田:作画打ち合わせの1回目が10月8日。で10月18日には、関係ないですけど友永さんが結婚式をやっています。クソ忙しい時期に(笑) それで製作発表が13日、というところまでしかこの資料には載っていないですね。
『カリオストロの城』の制作期間が3,4ヶ月と言われてますから、もうちょっとあったと思うんですけど。 この頃って、確か別の本によると、結構な数のスタッフが風邪をひいて倒れちゃったり、色々大変だったと。
色指定に黒を使う
藤田:小田部さんは色もみたりされたんですよね。
小田部:色指定を僕が全部やったわけではなく、色指定の人がいたんですけど、忙しいんで、僕がキャラクターにこのイメージはこう、なんていうのを絵具を借りてきて勝手に塗っていたんですよね。
その時に思ったのは、とにかくはるきさんの原作から、とにかく黒がね、絶対この黒が必要だと思って、黒をたくさん使うようにしました。 それも真っ黒。普通、あんまり真っ黒というのは使わないんですね。 普通は、もう少し弱めてたりするんですが、真っ黒でいきたいと。髪の毛、スカート、ダボシャツとかね。
藤田:当時、黒ってセルにほこりがついたりしているのが目立つから嫌がられたそうですね。
小田部:でも真っ黒の強さだけは活かしたいなと思って、勝手に塗ってたら、なぜか仕上のチーフも監督も、黒を活かしていきましょうって。
藤田:髪も黒いし、テツはシャツも黒いし、チエちゃんはスカートも黒いし。
小田部:鼻緒も黒ですね。
(お好み焼きのおやじが泣きながらお好み焼きを焼くカット)
應矢:お好み焼きの上に鼻水が落ちる。有名な場面ですね。
藤田:作画は田中敦子さん。『カリオストロの城』でルパンと次元がスパゲッティをとりあうシーンを描かれたりとか。
小田部:そうそう女性のアニメーターがね。
藤田:リアルですね。鼻水を垂らす手前のおやじはリアルですけど、奥のチエの反応は漫画的表現。 でもそれはさっき言った連続性になっているんでけっこうナチュラルに。 チエの「あっ!」ていうところで。
噴水の表現
藤田:ちょっと前にアニメーターの井上俊之さんとお話していた時に『じゃりン子チエ劇場版』の話になって、「『じゃりン子チエ劇場版』の中で噴水のシーンがでてくると。それは小田部さんが『長靴をはいた猫』の時に噴水を担当したのを「担当アニメーターが意識して真似たんじゃないか?」って井上さんが言ってたんですよ。
ということで、比較でその動画も用意してみたんでんで。これがまず『じゃりン子チエ劇場版』の噴水のシーンです。 この手前の水の方のくっついたり、離れたりという表現になります。
(チエがヨシ江と公園で会うカット)
應矢:カーテンみたいな感じですかね。
藤田:そうですね。これを、井上さんが当時、小田部さんが『長靴をはいた猫』でやられた噴水の表現を、担当アニメーターがリスペクトしたんじゃないかと。それがこちら、『長靴をはいた猫』の噴水シーンです。
應矢:こっちもカーテンみたいな感じですよね。風に揺られるような。
藤田:これまた波と違って、また色んな動きが組み合わさっていると思うんですけど。
小田部:静かでロマンチックな感じっていうんで、ザーザーじゃなくてね。
藤田:サラーっと、すーっと。
小田部:ゆったりと流れる噴水っていうんでこういう表現にしたんですけどね。
藤田:このカットも、僕は真ん中のポタ、ポタ、ポタターとしたたち落ちる水にしか何十年たっても目がいかなくて、今回映像を編集して「お姫様、可愛いやん!」とやっと気づいたんです(笑)
小田部:これも今見てわかったんですが、森康二さんが、お姫様の綺麗な顔をきちんと修正してくれている。
藤田:やっぱり、森さんの修正が入っているんですね。
小田部:ちゃんと修正してくれたから、活きているんであって、僕の描いたままのキャラクターだったらたぶん雰囲気がでなかったでしょうね。
藤田:この水のポタポタとかくっついたり離れたりといったこういう表現ですね、これを『じゃりン子チエ劇場版』のこの担当カットが、小田部さんが作監しているからリスペクトして使ったんじゃないかっていうのが井上さんの説で、僕は「そうっすかねぇ?」と、”あの”井上俊之さんに、生意気にも「そうっすかねぇ?」と、同意しないニュアンスの言葉を吐いちゃったんですが(笑)
水のポタポタといえば、『人狼 JIN-ROH』ってアニメがありまして、そこで主人公とヒロインが軒下で雨宿りをするっていうカットがあって、樋からポタポタとまさに小田部さん的に落ち方をするカットがあるんですね。妙に枚数を使って。 それを担当したのは平松禎史さんていう、「ユーリ」とかのキャラクターデザインとかをやっている方なんですけど、平松さんに聞いたことがあるんですよ、あのポタポタ、すごく目立ってましたけど、なにか意味あるんですか?と。そしたら「タイミングを付けるのを間違えた。」って言うんです(笑) そういう間違いがそのまま映像になっちゃったみたいな小田部さんけっこうあります?あちゃーっていうことありました?
小田部:それは東映の初期ではありましたね。チェックが今では、クイック・アクションレコーダーなんてのがあって、事前チェックができますけどれども。当時は一旦フィルムになってからしか見れないんですよね。あまりに時間がかかり過ぎてなんでもかんでもテストってのはができないわけで。それでもう何とかいいでしょうなんてことでやって、後でうわーと恥をかくことがありましたね。本番になってからじゃ、間に合わないんですけどね。
藤田:『どうぶつ宝島』の波とかは一発で、自分の意図通りに動いたって感じですか?
小田部:そうですね、なんとも感じてないですけど。
藤田:動画指示して、完成して、ウンって感じですね。あの波の作画は、発明に近いなと僕は見てるんですけど。
小田部:やっぱりそれはひと月ですね。一ヶ月。
藤田:一ヶ月が結構重要だった、と。 だけどさっきの『長靴をはいた猫』の噴水もですが、当時の東映動画さんのアニメーションってリアル表現志向で、水の表現といったら、水しぶきの叩きをいっぱい入れるとか、水だったらザーと流れる線をいっぱい描くっていうのが多かったと思うんですけど、「シルエットやフォルムで見せる」っていうのを、小田部さんはやっておられたと思うんですけど、それは小田部さんの動きの捉え方なんですか?その秘密をぜひ。
小田部:たぶん根底に『ホルス』の経験を活かしたと思うんですよね。
藤田:『ホルス』でかなりいろんな試行錯誤がされていて?
小田部:そうなんですよね。『長靴をはいた猫』も水なんかはダブラシって言いまして、二重露出なんですよ。
藤田:ちょっと薄く透けさせるためにやる撮影処理ですね。
小田部:それで後ろがちゃんと透けて見えるんですよ。
藤田:簡単に説明すると水の部分を一回薄く撮って、もう一回薄く撮って重ねるというやり方ですね。 今でデジタルでは当たり前にできることですよね。でもかなり雰囲気よく作られてますね。僕は何度見ても、やっぱり真ん中の水のポタポタにしか目がいかない(笑)やっぱり素晴らしい。真ん中のすーすーと切れ目になっているところとか。